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「知的財産会計」のフレームワーク 太田達也氏
新日本有限責任監査法人
公認会計士
太田達也氏

はじめに
 企業の経済活動に占める知的財産の比重が高まり,物的財産を中核とした産業経済から知識創造型経済へと経済の質が変質しつつある。知的財産の重要性が増し,企業の競争力をも左右するようになることに伴い,知的財産に係る会計理論の構築と体系的な研究が徐々に進展しつつあるといってよい。本稿では,知的財産に係る会計のフレームワークについて,現状と最新の動向をご紹介する。
 なお,本稿の意見にわたる部分は,筆者の私見であることを申し添えておきたい。

知的財産会計の視点と対象
 知的財産会計の対象は,その認識,測定および開示をどのようなアプローチに基づいて行うかが大切である。
 有形財産を対象とする従来からの伝統的な会計では,有形財産は取引に基づく貨幣的評価により認識・測定・開示され,取引に基づくという点において客観性が保証されていたといえる。それに対して知的財産は,取引によって取得される場合は例外的であり,むしろ研究開発活動,長年の企業の活動や努力などによって醸成される性質のものであり,有形財産の場合とは異なるアプローチを採用せざるを得ない。それゆえ,知的財産の価値を貨幣的評価によって認識・測定すること自体が困難であり,将来キャッシュ・フローの現在価値に基づいた価値評価が必要だと考えられる。

日本の会計基準における知的財産
(1)有償取得の知的財産に係る会計処理
 外部から有償で取得した知的財産は,その取得価額をもって無形固定資産に計上することが原則である。例えば,外国会社や他の内国(日本国内)会社から特許権や工業所有権を取得した場合,取得の対価として支払われた金額と登録料その他の付随費用の合計額が取得価額として計上される。支出額をもって測定するという原則である。その取得価額は,その有効期間にわたって一定の減価償却方法(定額法)によって,期間配分する。残存価額は通常ゼロとする。取得価額から減価償却累計額を控除した残額が貸借対照表価額となる。
 営業譲渡や合併などに際して,他の資産と一体として取得した場合,他の資産と分離して把握することができ,かつ,評価の測定に信頼性があれば,その資産の名称で計上できる。個別に測定できない場合は,いわゆる「のれん」に含まれるが,日本においては分離の基準が明確になっていないため,含めて計上されるケースが多い。

(2)自己創設の知的財産に係る会計処理
 会社の内部で自己創設された知的財産については,その創作にかかったコストのほとんどが費用として計上される。
 特に研究開発活動に関する費用は,「研究開発費等に係る会計基準」の適用の結果,原則としてすべて発生時に費用処理される。試験研究および開発活動から自己創設される知的財産は,法的経済的に財産権の形成がなされていたとしても,貸借対照表能力を持たない簿外資産という位置づけとなる。
 国際会計基準では,研究活動に関連する費用はすべて費用処理となるが,開発活動に係る費用については,資産認識基準が置かれている。これにより,開発期に係る部分は,分離可能性,すなわち将来の経済的便益をもたらす可能性が高く,また信頼性を伴い測定できる場合に限り,資産計上する会計処理を認めている。

(3)減損会計基準との関係
 減損会計基準は,固定資産に適用する会計基準であり,無形固定資産に計上される知的財産については対象になる,と解される。
 知的財産について,「排他的・独占的権利」が喪失しており,事業活動における有効性が認められない場合には,その知的財産を独立した単位として認識し,減損損失の認識・測定の手続きを行うべきであると考えられる。なぜならば,その知的財産を切り離しても,他の資産,または資産グループの使用に影響が生じないということになり,遊休資産に準じて取り扱うことが妥当であると考えられるからである。知的財産に著しい陳腐化が認められる場合は,それ自体が減損の兆候となるため,減損損失を認識すべきかどうかの判定の対象となる。価値がまったく認められないものは,備忘価額まで減損損失を処理することが妥当と考えられる。
 ただし,もともと資産計上される知的財産が,外部から有償取得したものに限られているため,減損会計の適用対象になりうる知的財産も,資産計上された非常に限られた範囲である。

米国の会計基準における知的財産の取り扱い
 米国の知的財産に係る会計処理は,SFAS(Statement of Financial Accounting Standards:米国財務会計基準)2号「研究開発費の会計」,SFAS141号「企業結合」,およびSFAS142号「のれんおよびその他の無形資産」が適用される。
 研究開発費は原則として,期間費用として処理する。また,SFAS142号では,個々にまたは他の資産と一体として取得された無形資産は,企業結合により取得したものを除き,公正価値を基礎として認識,評価しなければならないとして,資産計上処理を強制している。一方,自己創設無形資産は,自己創設のれんと同様に,費用処理を強制している。
 SFAS142号では,のれんおよび利用期間が不明瞭な無形資産は償却せずに減損テストを行うこと,とされている(注1)。この点は,日本の会計基準とは異なる。ただし,米国基準においても,耐用年数が限定的な無形資産は償却対象となる。
 米国においても,知的財産などの無形資産が資産計上される場合は,有償取得のときなどの限定されたケースである。その結果,企業の財務報告による無形資産に係る情報開示が限定的であり,投資家や金融機関などは知的財産の価値評価を自ら行わざるをえないのが現状である。

(注1)FASB(米国連邦財務会計基準審議会)は,減損テストとの組合せで非償却とするアプローチを採用した。1999年の公開草案では,当初20年間を上限とした償却処理が提案されていたが,その後の意見聴取の結果,多くの利用者が投資の意思決定に際してのれんの償却費が考慮されていない点,恣意的な期間で償却することは,経済的実態を反映せず,有用な情報提供の点から問題があるという意見を採り上げ,非償却処理に方針転換された。


国際会計基準における知的財産の取り扱い
 国際会計基準第38号「無形資産」では,研究開発費のうち研究期と開発期が明確に分けられるプロジェクトで,研究期に係るものはすべて費用処理するが,開発期に係る部分については,「その資産に帰属する将来の経済的便益が企業にもたらされる可能が高く,その原価が信頼性を持って測定できること」を要件として満たす場合にのみ,資産として認識しなければならないとしている。
 一定の要件を満たす自己創設無形資産の計上を認めている点は,日本や米国と異なる点である。ただし,これは開発期に係る一定の要件を満たした開発費について限定的に資産計上を認めるものであり,「自己創設のブランド,新聞のマストヘッド,刊行物のタイトル顧客リストおよび実質的に類似している項目を,無形資産として認識してはならない」としている。
 また代替的な処理としては,再評価日の公正価値から償却累計額を控除した再評価額をもって計上できるとしている。公正価値に基づく再評価を認めているわけであるが,ただし,公正価値は活発な市場を参考にして決定されるとしているため,実際には活発な市場の存在する知的財産はきわめて限られる。
 さらに,無形資産については,減損が適用されるため,毎期減損の有無についてのテストが必要な点は,日本や米国における取り扱いと同様である。

知的財産会計の課題
 知的財産は,物的な実体を伴わないため,多様なものが想定される。商品ブランドや企業ブランドなどのブランド,人的財産から,研究開発活動によって獲得される特許権などの無形資産まで,多様な対象が存在し,その定義や分類を明確にしていく必要性がある。また,同時に多重利用が可能であること,不確実性が高いこと,取引市場が存在しないことなどから,その評価・測定の困難が指摘される。
 知的財産に関する研究開発費用が費用化される結果,知的財産が無形資産計上される額は少額となる。現行の財務諸表では,企業の知的財産活動の実態を適切に把握することは困難である。そのため,各企業は自主的にIR(投資に関する広報)活動を行っているのが現状である。
 第1に,知的財産の評価・測定についてインカム・アプローチの研究の成熟が期待される。インカム・アプローチの適用事例として,Reilly and SchweihsのDCF法により特許権の最適ロイヤルティを算定した例がある(注2)。知的財産の公正価値を評価・測定するためには,将来収益予測に基づく現在価値の側面からのアプローチが必要不可欠であると思われる。
 また,知的財産の開示については,有形財産のように,貨幣的評価に基づいた財務的・定量的情報に加えて,非財務的・定性的情報が著しく重要であると考えられる(注3)。
 2004年1月に,経済産業省が「知的財産情報の開示指針」を公表している。企業の知財関連活動が市場において正当に評価されることを目的として,「知的財産報告書」を作成することが推奨されている。この報告書について,指針では次の10項目が示されている。

(1) 中核技術と事業モデル
  (2) 研究開発セグメントと事業戦略の方向性
  (3) 研究開発セグメントと知的財産の概略
  (4) 技術の市場性,市場優位性の分析
  (5) 研究開発・知的財産組織図,研究開発協力・提携
  (6) 知的財産の取得・管理,営業秘密管理,技術流出防止に関する方針(指針の実施を含む)
  (7) ライセンス活動の事業への貢献
  (8) 特許群の事業への貢献
  (9) 知的財産ポートフォリオに対する方針
  (10) リスク対応情報

 また,研究報告では,自主開示においては,「事業戦略,組織,人的能力等の知的財産を生み出す源泉」,「創出された知的財産」,「知的財産の活用により得られた財務的業績のつながり」を記載すべきであるとしている。知的財産を生み出すための活動とその結果である蓄積された知的財産は区別してとらえる必要があるという考え方が示されている。

(注2)古賀智敏「知的資産の会計」,P106(東洋経済新報社・平成17年)。
(注3)古賀智敏,前掲書,P4。


最後に
 知的財産に係る会計基準は,現状では発展途上にあるといえる。主としてコスト・アプローチに基づいた処理が一部の知的財産を対象に行われているが,そもそも知的財産が資産に計上されることが少ないこと,その会計的な評価の手法が確立されていないことから,知的財産の実態が財務諸表に適切に反映されていない。今後は,インカム・アプローチおよびマーケット・アプローチに関する評価方法の確立が課題となっていくものと思われる。
 ブランドの価値を貨幣的価値として評価・測定する手法については,今後も研究調査の継続が必要であると考えられるが,諸外国の動向も含め,知的財産を会計的に認識・測定する手法の確立が図られていく方向性にあると考えられる。




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