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三位一体によるパテント・ポートフォリオの構築(3) 鶴見 隆氏

東京農工大学大学院技術経営研究科
技術リスクマネジメント専攻
教授
鶴見 隆氏

 知的財産ポートフォリオマネジメントとは企業の保有する特許の価値と業界の技術動向を踏まえて全体としての強み弱みを判断する際に活用する指標であり,特許戦略の構築,ライセンス交渉の有利な展開,研究開発戦略の構築等ベースとなっている。 知財戦略経営においては,知財戦略を事業戦略や研究開発戦略と融合させて,事業収益や企業価値が最大となるように知的財産を活用することが重要である。
 知的財産の情報戦略という側面では,PPMの実施を通じて,自社の知的財産を可視化すると共に,他社の知的財産との比較・分析に基づき,自社他社の技術競争力の比較や他社の研究開発戦略・事業戦略の方向性を読み解くことが可能となる。こうした知財情報を活用することにより企業価値の向上に資する技術導入,共同開発やM&A等を提案するなど,経営の意思決定に際し,知財情報を戦略的に活用することもこれからのPPMの重要な役割である。
 「知的財産管理指針」(経産省)において「事業戦略,研究開発戦略,知財戦略の三位一体としての展開」が謳われてから久しい。筆者は,日本企業が21世紀において持続的成長を達成していけるかどうかは,「三位一体」が達成できるかどうかに掛かっていると考えているが,現実はどうだろうか。本稿が,企業における「三位一体」定着の一助となることを願っている。今回は3回連続連載の最終回である。

3-4.「パテント・ポートフォリオ・シート」の作成
 構築された(又は構築中の)パテント・ポートフォリオを表現する1つの方法として,図16のような形式が考えられる。この表において縦軸は,戦略データ・ベースを作成する際に用いた付加情報(課題,解決手段,用途,自社の製品との対応等々)で構成することができる。一方,横軸には特許の評価結果が使用される。評価の尺度には下記の様な項目が挙げられる。このような評価は,特許出願の際のアイデア提案書等の段階から,経営者,研究開発担当者,知的財産担当者の密接な連携に基づいて,系統的に積み上げていくことが必要である。
(1) 特許の実施状況・・・・・現在実施中,実施予定,防衛等
(2) 発明の事業への貢献度・・大,中,小等
(3) 回避の難易度・・・・・・難,中,易等
(4) 権利の状況・・・・・・・未審査請求,審査段階,登録(残存年数×年)等
(5) その他
 この表の四角の枡目には,該当する特許出願(ないし特許)の件数が記入される。これによって,自社の特定の事業をサポートする知的財産権の現状をクリアに捉えることが可能となり,以後の戦略策定の重要なベースとなるものである。

図16

4.第3のポイント「パテント・ポートフォリオの構築に当っては,関係者の共通認識を形成するための『見える化』が不可欠である」について
 以上の説明において例示した図表類は筆者の考えた一例に過ぎず,業種,技術の種類,企業規模等に応じて様々な工夫が必要である。それを進めるに当って,エクセルで手作りの図表を使用することも可能であるし,市販の特許マップ・ソフトを使用することも可能である。しかし,もっとも大事なことはそれぞれの企業において,最も相応しいと思われる図表・形式を案出し,標準として使用することである。唯でさえ,理解の難しい知的財産の世界で,事業毎,テーマ毎,技術毎に異なる表現方法が用いられては,経営者を含めた関係者全体のコンセンサスを形成することは極めて困難であると言わざるをえない。
 昨今,事業経営に関連して「見える化」の必要性,効用が強調されているが,「見える化」は関係者間のコンセンサスを形成し,経営を関係者の統合の意志に基づいて推進していく上で貴重な手法である。
   旧約聖書の「バベルの塔」はコンセンサス形成の重要性を説明する絶好の寓話である。天に届くような塔を作ろうと言う人間の不遜な試みを憤った神は,本来1つであった人間の言語をいくつもの相通じない言語にわけてしまった。その途端に「バベルの塔」を築き上げようとする人間の営みは瓦解してしまう。共通のツールを持つことはパテント・ポートフォリオ・マネジメントを企業の中に定着化させるための欠かせない前提である。

5.終わりに
 日本の製造業における品質管理は,最近の原発,自動車,電機製品等の相次ぐ不祥事で,改めて見直しの必要性が叫ばれているところではあるが,それでもレベルとして,世界の一流を維持し続けていることは論を待たないであろう。この日本の品質も1950年代は,「安かろう,悪かろう」と世界中から叩かれるレベルであった。そのレベルを引き上げる契機となったのは米国から導入された統計的品質管理手法であった。米国の統計的品質管理手法は,第2次世界大戦を戦い抜く軍事上の必要性から急速に発展し,体系化されたものであり,日本は戦後,「やすかろう,悪かろう」から脱却し,世界に認められる品質作りのためにこれを積極的に導入した。これによって優れた業績を上げた企業を顕彰するものとして「デミング賞」が創設され,日本企業は争って,デミング賞獲得のためにまい進したものである。
 しかしながら,1970年代から1980年代に掛けて,日本の製造業の品質が目覚しく向上し,ついには世界から賞賛されるに至るのは,決して,米国発の統計的品質管理手法に習熟したためだけではない。それを可能にしたのは,統計的品質管理手法の枠を超えて,全従業員参加型の小集団活動をベースとするTQCへと運動が転化されていったからに他ならない。
 1980年代に米国がプロパテント政策に転換して暫くの間,日本はその意味を正しく捉えることができず,日米2国間協議を通した米国政府からの経済政策の強制,米国企業からの特許侵害訴訟による圧迫に受動的に耐えるだけであったが,小泉政権下での日本の知財立国政策への転換によって,ようやく日本の将来を左右する問題として知的財産問題を前向きに捉える視点を獲得した。今,パテント・ポートフォリオの構築,パテント・ポートフォリオ・マネジメントと片仮名で表現している活動の実態は,まさに品質管理において,米国から統計的品質管理手法を導入した当時に似てはいないだろうか。
 かつてのTQC運動が成功した理由は,日本の企業風土,人事管理体制,あるいは日本人の精神構造にマッチしていたからであると考えられるが,日本が真の知財立国に生まれ変わり,イノベーションを通して21世紀に持続的経済成長を達成するためには,日本の企業風土,人事管理体制,精神構造にマッチした日本独自の知財管理活動の構築が不可欠である。その萌芽は,「知財戦略事例集」の中に伺うことができるが,それは,経営者と研究開発者と知的財産担当者が同じ机を囲み,共通のタームとコンセプトに基づいて自社の事業を真にサポートしうるパテント・ポートフォリオを構築しようとする姿である。それを三位一体と呼ぶのが適切か否かは別として,組織の壁を越えた全従業員的な取組の中にこそ,日本の知財立国化への鍵を見出すことができるのではなかろうか。 

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