CIPOフォーラム ホームへ 特集 企業戦略 イベント 提言


三位一体によるパテント・ポートフォリオの構築(1) 鶴見 隆氏

東京農工大学大学院技術経営研究科
技術リスクマネジメント専攻
教授
鶴見 隆氏

 知的財産ポートフォリオマネジメントとは企業の保有する特許の価値と業界の技術動向を踏まえて全体としての強み弱みを判断する際に活用する指標であり,特許戦略の構築,ライセンス交渉の有利な展開,研究開発戦略の構築等ベースとなっている。知財戦略経営においては,知財戦略を事業戦略や研究開発戦略と融合させて,事業収益や企業価値が最大となるように知的財産を活用することが重要である。知的財産の情報戦略という側面では,PPMの実施を通じて,自社の知的財産を可視化すると共に,他社の知的財産との比較・分析に基づき,自社他社の技術競争力の比較や他社の研究開発戦略・事業戦略の方向性を読み解くことが可能となる。こうした知財情報を活用することにより企業価値の向上に資する技術導入,共同開発やM&A等を提案するなど,経営の意思決定に際し,知財情報を戦略的に活用することもこれからのPPMの重要な役割である。今回は3回連続連載の第1回目である。

 「知的財産管理指針」(経済産業)において「事業戦略,研究開発戦略,知財戦略の三位一体としての展開」が謳われてから久しい。筆者は,日本企業が21世紀において持続的成長を達成していけるかどうかは,「三位一体」が達成できるかどうかに掛かっていると考えているが,現実はどうだろうか。本稿が,企業における「三位一体」定着の一助となることを願っている。

1.知財立国政策とパテント・ポートフォリオ
 日本の知的財産立国化政策は,小泉政権下で「知的財産戦略会議」が組織され,「知的財産基本法」が制定された2002年にスタートした。その後,産業構造審議会等による官民共同の活動が展開され,数々の振興策が打ち出されてきた。現在では毎年策定される「知的財産推進計画」によって,「知財立国」政策のPDSサイクルが国家レベルで回転している。
 この動きの中で2003年から2004年にかけて,日本企業における知的財産管理レベルの向上を図るために「知的財産の取得・管理指針」,「営業秘密管理指針」,「技術流出防止指針」,「知的財産情報開示指針」が相次いで経済産業省から発表された。
 2007年4月,特許庁から,「戦略的な知的財産管理に向けて−技術経営力を高めるために−」<知財戦略事例集>(以下,「知財戦略事例集」と略称)が発表されたが,ここには計565件の企業における知財活動の事例が報告されており,最近の日本企業における知的財産管理レベルを垣間見ることができて誠に興味深い。これを見るとそれは近年確実に向上していると言う事ができる。ただし,日本の知財立国化に向けて十分なレベルに到達した,と言えるかと言えば,まだそうではない,と言うのが筆者の実感である。
 知財管理の目的は,企業が知的財産を経営手段の1つとして利用することにより,持続的成長を達成することにある。そのための最大のポイントは,自社事業の市場優位性を確保するために,研究開発を初めとする事業活動を通して強力な知的財産権の群を構築することであろう。これを特許に焦点をあてて表現すれば,「パテント・ポートフォリオの構築」と言うことになる。
 ポートフォリオと言う概念は1960年代にボストン・コンサルティング・グループが企業の持続的成長をサポートする事業群の構築について使用した概念であり,パテント・ポートフォリオも,プロパテント化の潮流の中で,米国企業において創出された概念である。
 「知財戦略事例集」の中でもパテント・ポートフォリオと言う言葉は事例に挙げられた多数の企業が使用しているが,実はこれが具体的に何を意味し,どのように構築していくのかについて明確な定義やモデルがあったわけではない。「知財戦略事例集」では,パテント・ポートフォリオについて,「複数の特許を何らかの観点に基づいて集合体と認識して管理することを特許の『群管理』と表現し,この管理された群が,群として管理される何らかの目的に対して最適化された状態を特許ポートフォリオと表現する」としている。これはやや生硬ではあるが,的を射ていると思われるので,とりあえず,この定義に基づいて話を進めて行きたい。
 このようなパテント・ポートフォリオの構築を進める上で,筆者は次の3つのポイントが重要であると考えている。(1)パテント・ポートフォリオの構築を事業活動の展開の中で,三位一体で継続的に進めること,(2)パテント・ポートフォリオの構築を特許情報をベースに進めること,(3)パテント・ポートフォリオの構築に当っては関係者の共通認識を形成するための「見える化」が不可欠である,以下この3つのポイントについて,筆者の考え方を述べて見たい。

2.第1のポイント「パテント・ポートフォリオの構築を,事業活動の展開の中で,三位一体で継続的に進めること」について
 パテント・ポートフォリオは,事業の企画から始まって,研究開発,事業化,事業の継続と言う事業活動の全期間を通して,継続的に構築されるものであり,しかも,経営者,研究開発担当者及び知的財産担当者間の密度の高い共同作業によって構築されなければならない。
 企業においては,企業がステーク・ホルダーに対して果たすべき役割を明確にするため,経営理念が定められる。この経営理念に基づいて,経営方針,事業戦略が定められるが,事業戦略の策定に当っては,内外環境分析が行なわれる(図1)。外部環境としては,政治・経済,法律・制度,市場等の動向が主な分析対象となり,内部環境としては,競合他社に比較しての自社の組織,人材,財務,マーケティング,技術,知財等の強み・弱みが主な分析対象となる。この中で,技術・知財に関する情報は現在のプロパテント潮流下では極めて大きな位置づけを持つ。
 このような情報をもとに事業戦略の策定を行った後,知財情報に基づく「戦略遂行可能性のチェック」を行うことが欠かせない(図2)。これは下記の二つの観点から実施される。

  1)パテント・ポートフォリオの構築が可能か?
  2)障害他社特許対策は可能か?

図1&2

 成長する技術領域において事業活動を実施しようとする場合には,国内外においてすでに多くの知的財産権が存在していることを覚悟しなければならない。そのためには,漏れのない周到な特許情報調査にもとづき,「果たして自社は事業化を目指す技術及び商品に関して十分なパテント・ポートフォリオを構築できるのか,またそのために障害となる他社特許に対し,有効な対策が打てるのか」をチェックしなければならない。
 障害他社特許対策には単なる無効化だけではなく,様々な選択肢が存在する(図3)。大別すると,自社独自の対応策として無効化,回避,事業化の断念,強行突破等が挙げられ,相手との交渉による解決策としてライセンス取得(又は,クロスライセンス),共同研究,事業提携,M&A等が挙げられる。これらの内,どの対策を選択するかは,事業・研究開発・知財戦略全体に大きな影響を与える問題であり,障害他社特許の詳細な分析(特許性の判断及び侵害性の判断)に基づき,ベストな選択肢を選ばなければならない。これは,知的財産部門あるいは研究開発部門単独で判断すべきことではなく,経営の参画も得て三位一体の戦略的判断として実施しなければならない。
 障害他社特許の検討と併せて,知的財産の構築方法についても検討が必要である。戦後の日本企業は米国からの技術導入によって高度成長を遂げてきたが,1980年以降,米国技術とのレベル差が縮小するとともに,自社内での技術開発に軸足を大きくシフトさせてきた。昨今はM&Aを含め,技術資源を社外に求める動きが広がりつつある。図4に知的財産の構築における選択肢を示したが,それらの内,どれを選ぶかについては,自他社の技術・知的財産上の競争力分析を実施した上で,三位一体の戦略的判断を行うことが必要である。
 このチェックポイントを通過して自社で研究開発を行うとなれば,次に研究開発戦略と知的財産戦略の立案及び推進が図られる。推進された結果は,逐次フィードバックし,必要に応じて戦略の見直しが行なわれる(図2)。  研究開発戦略の推進に伴って,研究成果が創出されるが,研究成果の保護・保全において,「公開」するのか,「守秘」するのかは,重要な戦略問題である。図5はその選択肢を示したものであるが,研究成果の特許性をまず先行文献に照らして判定し,特許性のありなしに区分する。次にそれぞれについて,事業戦略・研究開発戦略上の観点から,公開すべきか守秘すべきかを判断する。特許性のある成果について公開するとは特許出願手続を取る事を意味するが,特許性があると社内判断されたものであっても下記の様な場合には出願せずに守秘すべきである。

  a)他社が侵害してもその立証が困難な技術
  b)自社が実施しても商品からは発明の内容が漏洩しない技術
  c)自社において守秘が可能な場合
図3&4

 守秘を選択した場合には確定日付の取得を初めとする先使用権立証のための措置を講じておくことが重要である。ただし,先使用権は国内でしか通用しないため,将来の海外進出時点で,他社が当該国に出願していたために進出が不可能になると言ったケースも考えられる。したがって,公開か守秘かの選択においては,経営,研究開発,知的財産三部門間でのコンセンサスの形成が必要である。
 一方,特許性がないと社内判断された研究成果についても,「公開」か「守秘」かの判断が必要である。他社による万が一の特許化を恐れる場合には「公開技法」等の手段による公開が必要である。他社による実施をより恐れる場合には守秘を選択することが得策である。
 研究開発及びライセンスインによってパテント・ポートフォリオを構築した時に,事業を自社で実施するか否かが経営上の大きな判断ポイントとなる。図6にその際の選択肢を示した。利益のポテンシャルは自社実施が最も大きいが,失敗のリスクも大きい。どの選択肢を選ぶかについても自他社の技術・知的財産競争力に関する正確な情報をベースにした冷静な経営判断が欠かせない。
 このように事業戦略に基づいてパテント・ポートフォリオの構築を進めつつ,その構築の展望を踏まえながら事業戦略を展開していくことが求められるのであり,その実行に当っては,経営,研究開発,知的財産の3者による密度の高い連携プレーが不可欠と言えよう。

図5&6

鶴見 隆氏コラム| 第1回  | 第2回 | 第3回 |




| このフォーラムについて | INDEX | 日経BP知財Awareness | 産業イノベーション | テクノアソシエーツについて |