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波紋広がる米最高裁の「KSR訴訟」判決
専門事務所がセミナーで分析結果を発表

[2007/07/11]

会場の様子 米Teleflex Inc.がカナダKSR International Co.を訴えた特許訴訟に関する米国最高裁判所の判決が大きな波紋を呼んでいる。米国の知的財産や訴訟の関係者は言うに及ばず,日本の知財・訴訟関係者が判決内容の分析に奔走し,日本の技術者向け雑誌までが今回の訴訟を取り上げた。このように波紋が広がっている理由は,今回の判決が特許の有効性に関し,これまで有用な判断基準の1つとされてきた「TSMテスト」の運用方法や適性に否定的な見解を示し,訴訟などにおいて対象となる特許が無効になる可能性を高める判断を下したからである。このような中,米国の訴訟対応で多数の実績を有するモリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所が,今回の訴訟に焦点を当てたセミナーを日米各地で開催,その中で今回の訴訟の経緯や今後の影響などについて専門家の視点で分析した。

 今回の訴訟では,米Teleflex Inc.がアクセルやブレーキなどのペダルの位置をセンサーで自動的に調節する技術の米国特許(U.S. Patent No.6,237,565,以下「565特許」)を所有しており,この特許をカナダKSR International Co.が侵害したとして訴えた。
 まず米国地方裁判所においては,565特許の請求範囲(クレーム)が2つの先行技術(すでに製品化されていたペダル位置センサーとU.S. Patent No.5,010,782,以下「ペダル位置センサー」と「浅野特許」)の組み合わせになっているとして,KSRは565特許の無効を主張した。米地裁はKSRの主張を認め,565特許を無効とした。これに対してTeleflexは控訴した。
 次に米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)では,565特許のクレームに記載された回転軸の配置および電子制御装置の取り付け方に新規性があること,加えて2つの先行技術を組み合わせることへの「教示(teaching),示唆(suggestion)または動機(motivation)」が存在しないこと,の2点をTeleflexが主張した。CAFCは,従来通りに「TSMテスト」を厳密に運用し,Teleflexの主張を認めた。これにより,地裁によるサマリー・ジャッジメント(略式判決)を破棄,565特許は有効であるとした。この判決を受けてKSRは米国最高裁判所に上告した。
 最後に米最高裁は,いくつかの理由からCAFCの判決を破棄し,CAFCに裁判のやり直しを命じた。

米最高裁,自明性テストについて新たな判断を示す
Chartove(2)氏
Chartove氏
 今回の訴訟では,組み合わせ特許の自明性が争点になった。これに関し,米最高裁は以下のような判断を示した。
 第一に,特許のクレームに記載された技術内容が「確立された機能に基づく先行技術の構成要素が予測可能な使用以上のものであるか」については,「『設計のインセンティブやその他の市場原理の作用』により,異なる産業分野であったとしても,当業者が『予見可能な変更』を行なうような場合,特許は自明である可能性がある」とし,さらに「ある特定の装置を改善するために用いられている技術は,当業者がその技術の改良および応用が『当該当業者の技術水準を越えて』いないと認識できる場合には,当該類似の装置への応用は自明である可能性がある」とした。
 米最高裁は,自明性は周知の構成要素の単純な置き換え以上を必要とすると述べた。裁判所は,「特許のクレームに記載されている方法で周知の構成要素を組み合わせる明らかな理由が存在するか否か」を決定すべきで,その際,裁判所は,「複数の特許に相互に関係する教示事項」,「業界において公知の,または市場に存在している需要の影響」,「当業者の背景的知識」,の事項を参酌することができる。
 これらの判断に関し,Chartove氏は「今回のKSR訴訟での判決により,発明が,試みられたことが明らかで,特定できる,予見可能なソリューションの有限数の結果である場合には,裁判所は,発明が自明であることを見出すようになるであろう」とコメントした。

TSMテストは「有効な手法」ではなくなった
Stern氏
Stern氏
 TSMテストについて,米最高裁は「特許のクレームに記載されている周知の構成要素を組み合わせるよう当業者を促したであろう『理由』を特定することが重要な場合はある。但し,自明性の判断は,厳格なTSMテストにより制限されるべきではない」とした。特にライフ・サイエンスなど「産業分野によっては,自明の技術についての『議論がほとんど起きない』場合がある。技術文献だけでなく,市場の需要が設計動向の機動力となる場合もある」とした。  この判断に関し,Stern氏は「米最高裁は,単純にTSMテストを厳格に運用するのでは不十分であると判示した」と述べた。さらに,Stern氏は,「TSMは,依然として自明性の分析と関連性を有する可能性はある」としながらも,「KSR訴訟において米最高裁は,TSMは厳格な前提条件ではなく,裁判所が自明性について判断する際に依拠する従来のGraham対 John Deere事件で示された要因の観点から検討すべきであるということを判示した」とコメントした。

 これらの考え方を踏まえ,今回の訴訟に対して米最高裁は,(1)「機械式ペダルにセンサー付の電子式設計に変更するという強いインセンティブを市場が作り出した」,(2)「通常の技量を有するペダル設計者は,浅野特許とセンサーを組み合わせることの便益に気付いたであろう」,(3)「先行技術により固定された回転軸にセンサーを配置することは自明であったと判断される」,(4)「非自明性の二次的要因は存在しない」との判断を下した。

最高裁の判決が及ぼす影響
 米最高裁の判決は,特許実務に様々な影響を及ぼすことが予想される。
 まず特許出願においては,(a)先行技術文献を組み合わせるために,特定かつ明確の教示,示唆,動機は必ずしも必要ではなくなる,(b)発明者は米連邦特許商標局(patent and trademark office:PTO)による自明性に基づく拒絶査定を打破することが一層困難になる,などの影響が考えられる。
 次に再審査に関しては,「今回の判決によって再審査請求が増えるのではないか」とChartove氏は指摘する。すなわち,「再審査が認められるためには,再審請求を求める当事者は,『特許性に関する実質的な新たな疑問』を提起しなければならない」が,今回の判決によって「再審請求を求める当事者は,特定の先行技術文献がPTOによって既に考慮されていたとしても,PTOは不適切な基準に基づきかかる先行技術文献を考慮したので,特許性に関する実質的な新たな疑問が依然として存在する可能性があると主張することができる」ようになったからである。さらに,この「『不適切な基準』の主張は,特許権者が先行技術文献を組み合わせる『動機がない』と主張することによって自明性に基づく拒絶を覆した場合に特に有効である可能性がある」。
 最後に訴訟においては,「自明性の立証責任が軽減される―侵害主張を受けた者はより多くの主張が利用できる」ようになるとStern氏は述べ,さらに,「KSR訴訟における判決は,自明性はサマリー・ジャッジメントによる判断に適した法律問題であることを確認した」と指摘する。サマリー・ジャッジメントについては,「訴訟当事者が,請求や防御についてトライアルなしで決定する手続き」であり,「重要な事実関係についての真正な争いが無い場合で,モーションを起こす当事者が法律問題として判決を受ける権利を有する場合,サマリー・ジャッジメントは適切であり,より多くの無効性に関する争点がトライアルにおいて判断されることになるであろう」とした。「KSR訴訟の判決後,裁判所は,自明性に関し,特許権者が自明性の問題に関する専門家証言を提出したとしても,関連要因により明らかな場合には,以前にも増して,サマリー・ジャッジメントを付与するようになる可能性がある」とStern氏は指摘する。同様に,CAFCの先行技術を組み合わせるためのTSM要件は,今や,排除されたが,多くの訴訟において,特許権者が非自明性に関してサマリー・ジャッジメントを得ることは一層難しくなりそうである。

特許侵害訴訟への積極介入姿勢を見せる米最高裁
Denis(2)
Danis氏
 近年,米最高裁は特許侵害訴訟へ強い関心を寄せている。2006年には「米eBay Inc.対 米MercExchange, L.L.C.訴訟」をはじめとして3件の訴訟を受理,2007年も今回の訴訟を含めてすでに3件の訴訟を受理している。これらの多くで,CAFCの判決を破棄して特許権の効力を制限する判断を下している。このことから「CAFCは,従来,特許問題の専門家と見なされてきたが,米最高裁は,以前に比べ,CAFCの判断に敬意を払わなくなってきていることが明らかである」とDanis氏は指摘する。

 なお,米最高裁のこのような判断を下すようになった背景には,以下のようなことがあると思われる。1つは,「レベルの低い発明に対して特許権を付与することが多過ぎるのではないか」という産業界からの意見が強くなっていることがある。もう1つは,中小企業や個人発明家から実施しない特許権を買い集め,大企業に損害賠償を請求する,いわゆる「パテント・トロル(patent troll)」の存在が問題化していることがある。米最高裁は,これらの声や問題に対し,毅然とした態度で取り組み始めたと言えるだろう。
 以上のことをまとめると,「被疑侵害者にとっては特許の無効化が容易になる可能性があり」,今回の訴訟の当面の結果として,「米最高裁がKSR訴訟において提示した新しいガイダンスを第一審裁判所が採用するに際し,当初はいくらかの混乱と不確実性が生じるであろう」といったことがいえる。


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