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スペシャル・インタビュー:
「経営」から知的財産を統括するCIPO,専門部署の必要性
富士通 経営執行役/法務・知的財産権本部長 加藤幹之氏(最終回)

[2006/09/29]

 「知的財産戦略」,「知的財産最高責任者(CIPO)」などのキーワードを通じて企業経営と知的財産のあり方を論じる過程で,識者の多くは知的財産を「企業活動や事業の基盤にするべき“強み”,情報・経験の蓄積」と定義した上で,知的財産経営とは「目新しさなどを“売り”にする表層的な一過性の経営モデルではなく,むしろ,その本質は企業の根元的なミッションや事業そのものに深く結び付いている」と強調する。
 こうした識者の1人,富士通の経営執行役/法務・知的財産権本部長の加藤幹之氏は,知的財産業務を含む同社の法務全般を経営の立場で担う,まさに知的財産経営の体現者といえる。13年間に及ぶ米国ワシントンD.C. 事務所駐在などから得たグローバルなビジョンと強いリーダーシップ,業務に留まらずインターネットや電子商取引政策,科学技術政策など公的な制度議論において数多くの有益な提言を行ってきた構想力は,富士通が先進的な知的財産経営の実現する上で重要な役割を担ってきた。
 経営を切り口にした知的財産活動と戦略構築の重要性を中心に,同社が進める知的財産活動のコンセプトを加藤氏に聞いた。加えて同本部・知的財産戦略室長の亀井正博氏が実務上の具体的課題を指摘し,知的財産経営の全体像を読み解く。全4回連載の最終回である。
(まとめは河井貴之=日経BP知財Awareness編集)
加藤幹之氏
富士通 経営執行役/法務・知的財産権本部長
加藤幹之氏

ライセンス収支の経営へのインパクトも重視
2006年9月15日,「イノベーション・ジャパン 2006」(東京国際フォーラム)にて講演を行う加藤幹之氏。
 特許やノウハウのライセンス活動は,他社の技術をわれわれが導入する場合(ライセンス・イン),われわれの技術を他社に提供する場合(ライセンス・アウト)の両方で対価である実施料が収支に直結する可能性が高く,研究開発活動のような技術面の要請に加え,知的財産の経済性向上といった観点からも重要な経営的な意味を持つ。
 2006年現在,われわれは日本国内外の企業との間で500件以上のライセンス契約を締結しており,これに加えて,本連載の第3回で述べたようなクロス・ライセンス契約を締結している。クロス・ライセンスの相手は,例えば,米IBM Corp.,米Microsoft Corp.,米Intel Corp.,など,先進的な技術を有する企業の場合が多い。
 このよう力を注いできた結果,ライセンス収入は継続して拡大している。

富士通独自の「技術営業」によって無駄のない知的財産活用を実現
 最近は,ライセンス活動をより効果的かつ多様な分野へ展開するための「技術営業」に注力している。
 技術営業は,われわれが保有する技術や特許について当初の目的などに限定せず,他分野などで第三者に活用してもらうことを狙う。われわれが保有している知的財産の中には事業環境の変化などに伴い,われわれ自身では利用しなくなったもの,事業に関わらず幅広い領域を対象とした基礎研究の過程で生まれてきた発明など,他社の活用によって新たな価値を持つ可能性がある技術や特許が存在する。これらを埋没させずに,権利譲渡やライセンス供与を通じて無駄のない知的財産の活用を実現し,さらに収益化を図っている。
 例えば素材分野におけるチタン・アパタイト(チタニウム化合物)は光に反応して臭い,汚れ,細菌・ウィルスなどの分解を促進する作用があり,(ア)われわれが関連技術を研究開発し,(イ)その成果を素材,農業,インクなどの各分野へライセンス供与し,(ウ)製品化・生産された製品や部材がエアコン用フィルタなどの他分野へ適用される,といったビジネス・ラインを構築している。
 チタン・アパタイトは,インク中に混入すればそのインクの塗布面に作用が生じ,あるいは,プラスチック中に埋め込めばそのプラスチック自体が作用を持つ。その応用分野はさらに広がると期待が高まっており,われわれも多様な形態を通じた事業への適応を幅広く促進している。 技術営業活動においてはこのほかにも,「鉛フリーはんだ」,「マグネシウム・リサイクル」,「ガス浄化」,「カーボン・ナノチューブ」,「ステガノグラフィ」などで一定の成果を達成している。

「主張すべきことは主張する」,「必要なら訴訟も辞さない」,強い姿勢の持つ意義
 知的財産権を巡る他社との紛争は,ある意味で不回避な実務上の課題である。われわれは,こうした紛争の発生に対しては,当事者間での交渉を通じた解決を最善策に掲げて臨んでいる。しかし,意見や見解の相違が当事者間の交渉では解消しない場合は,訴訟などを通じて第三者による公的な判断を仰ぐ。この意味では訴訟も相手との交渉の重要局面であり,それによって即座に協調や関係が断絶してしまうわけではない。
 知的財産実務あるいは法務から見ると,訴訟対応は費用や時間といったコストの増大につながったり,事業の妨げになるリスクを伴ったりするため,選択には慎重な姿勢を要する。しかし,自社の大切な経営資産である知的財産権とその権利に基づく事業を守ったり,研究開発を安心して継続できる環境を整えたりするべき場合は,経営判断として訴訟を選択肢に含めるべきである。1980年代のIBM事件,1990年代のTI(Texas Instruments)特許訴訟(「キルビー特許事件」),2000年代のSamsung SDI特許訴訟などは,その背景となったわれわれの知的財産や事業が深刻な状況にあることを慎重に検討した上で,重要な経営局面にあると判断して臨んだ結果である。
 「主張すべきことは主張する」,「必要なら訴訟も辞さない」。これは,われわれの知的財産権保護における基本姿勢であり,同時にDNAである。

知的財産経営の進展と課題 ─ 知的財産部門に期待される役割
亀井正博氏
法務・知的財産権本部知的財産戦略室室長 亀井正博氏
 米国駐在後,法務・知的財産権本部長に就任した2003年は,ちょうど日本における「知的財産立国」の取り組みが本格化した時期である。以来,知的財産は産業界に留まらず社会全域で急速に認知され,大きな変貌を遂げてきた。当社においても,特許などの権利に加えブランド力やCI(コーポレート・アイデンティティ)などを含む広い意味での知的財産の重要性を改めて認識して経営の柱として積極的に組み込み,グローバルな知的財産経営を実現してきた。さらに組織の外側,すべてのステークホルダー(利害関係者),そしてユーザーへの責務として「知的財産報告書」の発行を位置付け,2004年からのアニュアル・レポートでの開示と併せ,知的財産経営の状況を取りまとめている。
 事業環境の変化を反映して,若手社員を中心に「知財業務を是非やってみたい」という声が上がるようになってきた。「技術と法務が交差する専門性の高い業務」という従来的なイメージを超え,「知的財産を経営資源として活用する業務」というイメージが強くなっているようだ。また最近はM&A(企業の買収統合),事業再編,資金調達といった局面で知的財産が注目される場合があり,それらも少なからず影響している。
 こうした意識の芽生えも知的財産経営の成果の1つとして評価すべきだが,ただし経営としては,「知的財産」が強調され過ぎて本質な目的である事業や企業理念を軽んじることなどがないように,常に配慮している(第1回記事)。当社では,知的財産戦略室が(ア)各部署における知的財産活動の支援,(イ)知的財産に関する社内教育の実施,に取り組んでいる。ただし主体は,あくまで各部門や社員1人1人であり,その観点から同室は「コーディネータ」に徹した活動を心がけている。
 全社を挙げて知的財産経営に取り組みつつ効果的に運営していく上では,「知的財産と経営」あるいは「知的財産と各部署」を企業の中で接合する「媒介」としての役割を,知的財産部門が果たすべきだと思う。これは当社に限った課題ではない。従来,日本企業における知的財産部門の多くが「研究開発部門とは一定の連携があるものの,事業部門などとの連携が不足している」との指摘もある(関連記事)。逆説的には,こうした連携が知的財産部門に大きな期待が寄せられている目下の課題といえるだろう。

自社の知的財産を見極め経営の中で価値を定義できる経営トップが必要だ
 現在,「知識経済」や「情報化社会」の急速な進展に産業界,そして各々の企業は対応を余儀なくされている。その観点では,知的財産立国政策や各企業における知的財産経営の実践とはこうした変化に対する1つの回答に位置付けられよう。既存の概念や商慣習に囚われることなく,イノベーション(技術革新)の進捗やユーザー・サイドにおける嗜好の変化などに即応した経営が不可欠である。IT(情報技術)産業界は特にこうした傾向が顕著であり,すでに多くの変化が波及している。われわれの活動では,近年,いわゆる「プロダクト(有形財)」だけでなくソリューションなど「無形の財」の提供機会が増えており,同時にユーザーの需要も高まっている。またプロダクトに関する事業戦略に関しては,「ソフトウエア」や「ハードウエア」などの典型的な事業モデルでの区分が困難な場合があり,事業局面に応じた適否の検討などを要する。
 こうしたパラダイム・シフト(規範転換)は,知的財産という概念自体にも及んでいる。すでに述べてきた(a)企業経営上の意義付け,(b)社会の認識,(c)制度整備など「外部環境」の変化に加え,知的財産自体が変容している。例えば知的財産権に限定しても,「ソフトウエア特許」や「ビジネス・モデル特許」などの権利や,「デジタル著作権」の問題,さらに本連載第3回で言及した国際標準や「コモンズ」などは,広い意味で「新しい知的財産」として包括的に認識できる。
 そもそも知的財産は相対的な存在であるが,先に指摘したような周辺状況を見る限りは,今後,その相対性はさらに増すと思われる。それゆえに,自社の知的財産を見極め,経営や事業の中で価値を定義していく経営トップの存在と,その裏付けとなる理念,リーダーシップ,構想力が知的財産経営には不可欠である。
 日本の企業は,各々の業務分野に関して功績を挙げてきた人材,換言すれば高度な専門性を持つ人材を役員に登用し,経営を推進している場合が多い。こうした体制の長所を生かすためにも,今後は経営の視点で知的財産を複合的に統括するCIPO(知的財産最高責任者)的な機能を果たせる人材を加えたり,経営陣を支える専任部署を設置したりすることが具体的な知的財産経営の実現においては大切だと思う。

【加藤幹之氏インタビュー】|  ||  ||  ||  |


加藤幹之氏 プロフィール
1977年,東京大学法学部卒業。1985年12月,ミシガン大学ロースクール修士課程修了。
1977年,富士通株式会社入社。1989年8月,ワシントン駐在員事務所に赴任。
2002年6月,帰国後,法務・知的財産権本部長代理(兼)輸出管理本部長代理。
2003年6月,法務・知的財産権本部長。
2004年6月,経営執行役 (兼)法務・知的財産権本部長 (兼)安全保障輸出管理本部長。このほか,ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)理事などを歴任。
現在,日本経済団体連合会知的財産委員会企画部会・部会長を務める。


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