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CIPOの設置によって医薬・バイオ業界の知的財産戦略の高度化へ対応
アンジェスMG,CIPOの中本浩司氏に聞く(下)

[2006/09/13]

中本浩司氏
アンジェスMGの執行役員でCIPO(最高知的財産責任者)
中本浩司氏
 近年,医薬・バイオ業界におけるベンチャー企業の成長が著しく,斬新な製品や事業の創出を目指した研究開発競争がグローバルに繰り広げられる中,知的財産を活用したオープン・イノベーションやアライアンス活動が盛んに行われている。「創薬事業では,将来有望な技術シーズや知的財産を見抜けるか,そして迅速に導入できるかが事業の成功を左右する」。アンジェスMGの執行役員でCIPO(最高知的財産責任者)の中本浩司氏は,このように指摘する。同社は大学発の研究を基に遺伝子医薬,核酸医薬の研究開発を進めており,創業以来,知的財産を重視した経営を実践している。こうした経営姿勢が2005年のベンチャー企業初となる「知的財産報告書」の発行や,2006年のCIPO制度導入につながってきた。中本氏に,医薬・バイオ業界における知的財産経営の現状,同社の事業における知的財産の位置付け,CIPO制度導入の意義を聞いた。
(まとめは河井貴之=日経BP知財Awareness編集)

医薬業界における知的財産戦略の高度化・複雑化に対応するためCIPOを2006年設置
 遺伝子医薬,核酸医薬分野には,(1)大学やベンチャー企業などでの研究開発が大手製薬企業に先行してきたこと,(2)従来の低分子医薬と異なる新分野で大手製薬企業の参入が遅れたこと,(3)先端分野であるがゆえに様々な関連分野や世界各国に多種多様な知的財産が錯綜・混在していること,といった特徴がある。
 遺伝子医薬,核酸医薬における知的財産戦略にもこうした状況は反映されている。医薬品の場合,一般には1件の特許で製品全体をカバーする「1製品1特許」の傾向が強い。しかし,遺伝子医薬,核酸医薬に関する知的財産は1社による独占的な確保は難しく,逆に1社が保有する知的財産だけでの創薬あるいは事業化は困難である。このため研究開発や事業化には,企業間での権利譲渡や実施権の取得などが前提となる。
 近年,技術の進歩や高度化,研究開発競争の激化に伴い業界における知的財産戦略が急速に高度化・複雑化している。特に経営判断を要する事業局面,交渉の機会が増えている。加えて,これらは迅速な対応が必須である。
 このような知的財産を巡る環境の変化に対応できるように,当社はCIPO(最高知的財産責任者)を2006年に新設した。
 CIPOが主に担当する業務としては,(a)知的財産に基づく経営方針の対外アピール,(b)有望な技術シーズのハンティング,(c)自他社の知的財産に関するライセンス活動および売買の検討・決定,(d)知的財産の観点からの提携相手や対象技術の検討・判断,などがある。突発的な業務としては権利侵害への対応など知的財産リスクの管理を担う。
 大手企業とは異なってベンチャーの知的財産戦略にでは,「情報開示(ディスクロージャー)」も重要な任務である。
 「情報開示」は上場企業に科された義務であり,株主に対する回答でもあるが,一方では,新薬開発に協力して下さる患者の方々,ご家族,医療関係者への務めでもある。さらに会社の存在意義(社会性)に対し外部の理解を得るためにも必須である。
 また,いかに適切な内容をタイムリーに開示し得るかが,企業に対する信頼を左右する。特に歴史が浅く,知名度・認知度も高くはないベンチャー企業にとっては重要であり,「情報開示」が適切でなかった結果,資金調達不調や,社会の理解・支援が受けられないこともあり得る。
 「情報開示」には社の状況を総合的に伝えるため社内各部門が関わる。特に投資家やアナリストは,ベンチャーとしての将来性や他社にない特長を判断するにあたり,社の根幹をなす知的財産に関する情報の開示を求めている。
 このような背景から,2005年3月,当社はベンチャー企業として初めて「知的財産報告書」を発行した。当社における知的財産と知的財産経営の状況を正確に伝え,そしてステークホルダー(利害関係者)の評価を受ける目的は,単に当社が保有する知的財産を認知してもらうためだけではない。経営の理念と方向性,事業上の当社の「強み」,これらを知的財産を通して認知してもらうことに最大の意義がある。この点ではCIPOの役割も同様だ。CIPOは知的財産を重視した経営を統括しつつ,経営の中で知的財産に自社の理念や方向性を反映し,自社の「強み」にするようなマネジメントに努めなくてはならないからである。

「知的財産から経営を見ること」と「経営から知的財産を見ること」の両方が重要
 「知的財産から経営を見ること」はCIPOに課された重要な役割の1つである。同時に,「経営から知的財産を見ること」,つまり経営の視点に基づいた知的財産実務の遂行・管理がCIPOの担うべき責務である。
 この観点では,個々の知的財産に関する具体的な経済性の検証が,今後重要度を増すと感じている。例えば積極的な出願戦略を進めつつ,権利化に要する費用,保有に要する維持費用などからも知的財産戦略の方向性と妥当性を具体的に検証する必要がある。2006年現在,当社は原出願ベースで約80件の特許資産を保有している。事業の成長・拡大に伴い,この数は今後さらに増えるだろう。海外出願などを加味すると,急増の可能性もある。ベンチャー企業の場合,財務的な企業体力が限定されており,費用増大は深刻な経営リスクにつながる恐れがある。CIPOが中心になってこれらの特許資産を財務,技術,事業面から多面的に「目利き」して費用対効果を検証することは,経営上,不可欠な姿勢である。
 当社が保有する知的財産の件数は大企業と比べると少数である。しかし,逆に言えば,1件1件の知的財産が経営や企業価値の中で占める割合は極めて高い。また,ベンチャー企業に特有の状況として外部への信用確立や資金調達の場面で知的財産が果たす役割への期待は高い。それゆえ当社は創業以来,独自の知的財産ポリシーや戦略を積極的に打ち立て,知的財産経営の実践に尽力してきた。こうした知的財産重視の企業姿勢の確立には,当社の創業者であり,かつ技術的バックボーンでもあり,現在も社外取締役として経営にも参画している大阪大学大学院教授の森下竜一氏の存在が大きかった。同氏は政府の知的財産戦略本部の本部員として,知的財産立国政策にも数々の提言を行ってきた第一人者である。

「事業戦略に連携した出願戦略」,「知的財産ガバナンス」の推進などを主導
 こうした既存の知的財産のマネジメントに加え,新しい知的財産の創出はCIPOの重要な責務の1つである。特に,戦略的な権利化の促進はCIPOがリーダーシップを発揮すべき事業テーマである。
 遺伝子医薬に関する技術の権利化は,公知遺伝子を新規医薬に使う「用途特許」の取得が中心になる。しかし,周辺分野に数多くの先行技術があるため,新規物質を対象とする「物質特許」に比べると権利化に向けたハードルは高いのが通常である。従って知的財産部門は,(ア)新規性を強くアピールできるクレーム・ドラフティングの工夫や作成ノウハウの研究,(イ)関連分野の先行技術の綿密な調査,(ウ)各国特許庁における審査動向の把握,などを研究開発部門と協働して進めている。今後は,さらに当社の事業基盤を強固にするためにHGF(肝細胞増殖因子)遺伝子治療薬,核酸医薬「NFκBデコイオリゴヌクレオチド」に関して周辺技術分野を含めたより緻密で堅牢な特許網の構築や改良特許の出願などに取り組んでいく。
 こうした取り組みは日本国内だけでなく,海外でも展開すべき重要な課題である。従来から当社は米国での仮出願,もしくは日本国内での出願をベースにした国際出願(PCT出願)を実施してきた。今後は日本,米国,欧州,カナダ,中国を活動の中心にしつつ,遺伝子医薬や核酸医薬の研究開発で先進的な国や地域,特定の遺伝子疾患が多い国や地域あるいは将来有望な市場候補国や地域などにターゲットを定めた出願戦略を実行する。
 権利化していない技術または権利化が困難な技術については,営業秘密やノウハウとして扱い厳重に管理する。CDA(秘密保持契約)の整備や締結の徹底など,アライアンスの機会が多い当社では,こうした実務現場での対応が肝要である。同様に,臨床実験などで獲得したデータ,説明資料,関連情報も当社の重要な知的財産に位置付けられる。これらを含む広い範囲での知的財産をマネジメントし,加えて,企業内での統制を含む「知的財産ガバナンス」を統括することがCIPOの責務である。


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