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連載企画(2)知財経営とCIPO 第2回(その三)
知的財産経営の成否を左右する「知財活動の部門間連携」
東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授 田中義敏氏(下)
[2006/08/09]

東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授 田中義敏氏
東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授
田中義敏氏
 「知的財産立国」政策を通じて日本における知的財産の創造・保護は世界でトップ・レベルになり,今後は活用面でのさらなる前進の必要性が指摘されている。こうした実現には企業において知的財産戦略を経営に密着させ,成長につなげていく知的財産経営が不可欠である。その一方で,従来は経営機能と知財部門が十分に有機的に連動できていなかった状況も存在する。東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科助教授の田中義敏氏はこの課題に対し「知財部門と他部門間の連携」をキーワードに掲げ,アプローチを進めている。企業における知財部門長としての経験も有する同氏に,知財部門の現状と課題を指摘してもらい,知財経営の実践に向けた今後の方向性を聞く。
(まとめは河井貴之=日経BP知財Awareness編集)

「知財部門と他部門の連携」は多くの知財実務者が痛感している問題意識
 今回の研究調査の結果に関して当初,「企業の知財部門は,従来培ってきた“文化”に対して連携が足りないと指摘することに抵抗感を持つのではないか」との懸念があった。しかし2006年に開催した一連の研究発表会には多数の企業関係者が来訪し,好意的な反響を得た。多くの知財実務者が同種の問題意識を抱えている実態を改めて認識できた。
 企業の第一線で活躍する実務者からは,「思い切った変革がなかなかできない」,「知財の専門性や難解な用語が伝統的体制や慣例としての“知財文化”を保護している」といった意見があった。今後,各企業において部門間の連携を高め,それをどのような形で知財活動の変革へと結び付けていくかが知財活動の新たな課題になると思う。その意味においても,事業活動のフローを主体に置きつつ知財をその切り口ないし導線にするような本質的な知財戦略の構築が企業の急務である。もちろん,特許権なども切り口の1つになりうるがあくまで切り口であることに留意しなくてはならない。そればかりに拘泥されては,従来型の取り組みと同じになってしまう。

「休眠特許」が象徴する従来型の知財業務の弊害と問題点
 従来型の“知財文化”にはもちろん恩恵も数多く存在するが,一方で弊害が生じていることも事実だ。そうした弊害の1つとして膨大な数の「休眠特許」が指摘できる。
 特許庁などの統計調査によると日本国内で権利化されている特許権100万件のうち約70万件が直接活用されていない,いわゆる休眠特許に属するという。「いかに特許権を数多く取得するか」といったボリューム重視の考え方の下では,「休眠特許か否か」はそれほど重要な要素ではなかった。しかし近年に,知的財産として文字通りの財産価値を重視する段階に至っては,「70%の権利が価値を創出しないばかりか,コスト要素になっている」状況は,リスク要因として認識されるようになった。休眠特許と一概に言っても,技術領域の確保などに役立ついわゆる「防衛出願」など単純な経済的価値だけに還元できない場合も内包しているが,「70%」という数値は深刻だ。さらに,最近は技術流出リスクを指摘する声も高まっている(関連記事)。
 このような知財管理に陥ってしまった背景と原因については,企業のみならず産業界や政府も含めて深く認識し早急に対処しなくてはならない。ここで作用してきた従来型の「知財文化」には主に3つの特徴が指摘できる。

 第1は,事業の方向性を踏まえた特許権の出願・権利化が実施されて来なかったことである。もちろん,すべての特許権がこれに該当するわけではないが,研究開発部門からの提案された発明全般について権利化が至上命題になっていた状況が,知財部門には少なからず存在する。出願前に,研究開発部門だけでなく,製造部門,営業部門,あるいは経営企画部門など交えて技術を取捨選択する“フィルター”の目を細かくすれば,「休眠特許予備軍」的な技術については出願を回避できる可能性が高まる。

 第2は,権利化自体が目的になってしまった結果,権利化を巡る問題意識ひいては知財活動が,権利取得のテクニックなどに関する専門的・細目的なイシューに偏っていたことである。これは,第1に挙げた状況と共鳴して作用し,権利化をスムーズに進めるための先行技術の回避など「専門的な知財の世界の話」が知財部門の主な関心事になり,「先行技術からどのように逃れるか」,「権利化における新規性や進歩性の考え方はいかにあるべきか」といった議論が,まさに知財活動そのものであるかのような考え方につながってきた。その結果,「事業化が困難な技術領域,その企業が事業拡大する予定のない技術領域にまで特許を出願していた」ということが現実に起きている。

 第3は,技術の複雑化と特許権の「強さ」の総体的な変化である。すでに「1製品1特許」という時代ではなく,近年は特定の医薬分野などを除き1つの製品に相当数の特許権が含まれる。自動車,コンピュータ,エレクトロニクス製品は1台につき何千件もの特許権を含んでいる場合がほとんどである。加えて,イノベーション(技術革新)や研究開発は日進月歩で進展しており,「1年前に出願した技術が今年には大きく変貌したので,改めて今年別の権利として出願する」ことなどが実務上よく起こる。本来は1年前の出願を取り下げてもよいのだが,大半の場合は「置き去り」,「出しっぱなし」になり,社内における前段階の技術でしかない出願が数年後に特許権として成立することがある。後発のブラッシュアップした技術が権利化されていたりすれば,前者の特許権は当然,使われることがなく休眠する以外に方法はない。これらの状況に加えて先に指摘した公開制度に関連した技術流出リスクの増大などを考慮すると,特許権自体の位置付けを見直すべき段階にあると言える。例えば,ノウハウや営業秘密としての保持・管理などを知財戦略の選択肢に含むことが妥当であり,既存の特許権に関しても,最近の大きな趨勢である技術標準化の観点では,無償ライセンスを通じた“囲い込み”戦術など新たな活用局面が想定できる。

知的財産経営の成否を左右する「知財活動の部門間連携」
 ここで指摘した休眠特許を巡る状況は,知財部門長としての私の経験からの自省を含んでいる。後日,特許出願業務を客観的に振り返った際に気付いたことであり,「マーケティング,営業,経営企画など色々な部門と共同で検討した上で最終的な決断を下すべきだった」と痛感した。ただし,あくまでこれは知財業務に含まれる課題の1側面に過ぎない。
 企業の知財活動は激変している。例えば経済のグローバル化に並行して技術標準化への対応,特許権・商標権の国際出願など知財に関わる業務の領域は広がる一方である。こうした新しい局面に対応するためには,知財部門が率先して知財に対する考え方を刷新し,重層的な知財戦略ひいては経営戦略を構築しなくてはならない。
 過去に日本国内で取り組んできた知財戦略の繰り返し,事業慣例の踏襲,方法論の焼き直しだけでは通用しない。あるいは海外の市場ニーズや産業技術レベルに合致した事業戦略では,必ずしも「技術の高度化・専門化にともなって特許権を増やしていく」といった“右肩あがり”の比例上昇的なリニア・モデルに集約できない知財戦略や発想の転換が必要になる。換言すれば,ライセンスの柔軟化,企業間アライアンスの組成,制度的な国際標準(デジュール)の獲得,もしくは中国のような有力な海外市場の獲得を通じたデファクト(事実上の業界標準)化,といった選択肢の採用である。
 こうした事業の周辺環境の把握や経営的な意思決定は,もはや知財部門だけの業務ではない。その点からも,企業の知財経営の成否は部門間の連携が大きなカギになると言えるのである。

東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授 田中義敏氏 ()()(



田中義敏氏 プロフィール
東京工業大学理工学研究科原子核工学専攻修士課程修了,工学修士。
特許庁,科学技術庁,UCLA,日本テトラパック株式会社(知的財産権部長,人事・総務・法務統括部長など)を経て,2002年より東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。2005年4月より同大学イノベーションマネジメント研究科技術経営専攻助教授。主な著作に,How to approach to upgrade the Value of Intellectual Property Rights! : 特技墾[217]30-37(2001),ベトナム知的財産事情<国家一丸となって進める体制整備と急速な進展, 知財マネジメント研究(2003),中国におけるコピー製品対策の事例紹介と市場獲得への提言, 知財マネジメント研究(2003),ビジネス強化・成長のための知的財産の活用,54巻,4号,日本知的財産協会(2004)など。


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