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連載企画(2)知財経営とCIPO 第2回(その三)
企業の「知的財産部門」の現状と課題
経営と知財活動の「ドッキング」を実践するために
東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授 田中義敏氏(上)
[2006/08/01]

東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授 田中義敏氏
東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授
田中義敏氏
 「知的財産立国」政策を通じて日本における知的財産の創造・保護は世界でトップ・レベルになり,今後は活用面でのさらなる前進の必要性が指摘されている。こうした実現には企業において知的財産戦略を経営に密着させ,成長につなげていく知的財産経営が不可欠である。その一方で,従来は経営機能と知財部門が十分に有機的に連動できていなかった状況も存在する。東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科助教授の田中義敏氏はこの課題に対し「知財部門と他部門間の連携」をキーワードに掲げ,アプローチを進めている。企業における知財部門長としての経験も有する同氏に,知財部門の現状と課題を指摘してもらい,知財経営の実践に向けた今後の方向性を聞く。
(まとめは河井貴之=日経BP知財Awareness編集)

事業の本質的目標から考える知的財産活動の「あるべき姿」
 「知的財産立国」や知的財産経営を考える上でまず知的財産を議論する目的とは,企業の成長や競争力の強化ひいては日本の産業の成長や国際競争力の回復であることを改めて確認するべきである。成長とは,企業の大命題であると同時に基本となる土台である。
 「どのように,いかに成長するか」という課題に対し,例えばメーカの場合は,(1)良質の製品を,(2)より安価に,(3)適切な時期に,供給するための諸条件が存在する。(1)良質の製品を作るためには品質管理の実践,特に製造戦略が重要になる。製造地を取り上げても,主要な市場は日本国内か海外か,あるいは,各製品の機能差や事業におけるプライオリティ(優位性)に着目し,「初歩的な部品や製品は海外で生産する」といった多様な選択肢や戦略構築が考えられる。(2)「より安価に」の達成には,製造コスト,営業コスト,あるいは販売管理費の削減や合理化が必要である。特に近年は,競合他社とのマーケティング戦略の優劣が価格面の競争力に大きく影響し,それがそのまま成長の度合いに反映される場合も多い。(3)「適切な時期に」供給することは,いわゆるデリバリー・タイムの課題に相当する。そのため,調達,製造,ロジスティック(流通),営業の各部門と顧客という一連のビジネス・ラインないし販路を検討していかなくてはならない。
 (1)〜(3)を通じて指摘した要素について「知的財産を活用できる局面はどこか」,「知的財産部門が貢献できる要素は何か」などを体系的に考察しつつ効率化を図ることが,企業経営において要求される,本来的な意義での知的財産戦略である。例えば,「製造コストの合理化」というイシューは,製品原料の価格や調達状況の判断に作用する一方,調達する原料の品質にも影響する。それは最終製品の品質や社内の技術力などに作用し,相関する要素になる。こうした局面では知財の果たすべき役割が大きくなる。
 このように,企業の成長に大きく影響する要素やステージ(段階)において知財を有効に活用するため,知財部門の機能をビジネス・ラインに適切にリンクしたりドッキングしたりするためには,知財部門と他部門との連携を進め,知財活動をより広く認識することが重要である。これは知財経営や知財マネジメントの成否を決める最も大切な点に位置付けられる。

「知的財産部門」の実状と問題点−知財に関するある種の乖離
 従来,企業における知財部門の役割は「知的財産権に特化した業務の専門集団」である場合が多かった。残念ながら,こうした傾向は,近年も大きな変化はないように感じる。最近,企業の知財実務担当者に知財部門の業務内容についてヒアリング調査を実施した際に,業務の大半は発明の発掘から特許権出願に至る,いわゆる権利化業務が最も大きな比率を占めていた。次に成立した権利に関するライセンス業務が続いており,そのほかには,突発的に発生する侵害訴訟への対応業務などが挙がった。
 確かに,このような知財権に関連する法務活動,つまり特許権,実用新案権,意匠権,商標権,著作権に関する業務は不可欠であり,その重要性は今後も変わらない。だが,経営という観点で求められる「知財」とは,権利に特化した法務領域だけでは把握不可能な要素を多分に含む考え方,あるいはそうした存在の総称である。ここに,知財を巡って共通の言葉を使っているはずが,実際には知財部門と経営者や他部門の間にある種の乖離が生じる要因が存在する。
 経営者にとっては知財部門の要員の使う言葉や話す内容,視点があまりに専門的で理解できないことがある。逆に,経営者が重視する経営管理,営業戦略,マーケティング戦略,人事戦略,調達の戦略,製造戦略といった企業のファンダメンタルズ(基盤要素)について,知財部門の要員の関心が希薄で,問題意識がかみ合わないこともある。
 組織や部門間の関係においては,研究開発部門と知財部門には交流機会やコミュニケーションが比較的あり,ある程度の連携が図られている。発明は研究開発部門から発せられるものであり,業務として直接に接する機会が多いこと,知財部門の要員も技術や研究開発の方向性を把握していることなどが作用している。しかし,製造部門や販売部門などと知財部門の関係を見ると,業務上の協働や意見交換の機会も限定されており,それは部門間の関係の希薄化に結び付いている。

事業活動の大命題に立ち返れば「調達部門でも知財活動が必要」は必然
 こうした状況について,逆説的には,他部門における知財や知財権への意識や知識の不足を反映しているとも言える。例えば,調達部門などにおいても,自社に納品するサプライヤが「原料,部品,製品にどのような知財権を取得しているか」を把握した上で調達するといった知財活動が考えられる。
 「安くて品質が良い」という観点で選択したサプライヤの原料ないし製品であっても,知財権の侵害訴訟などが生じた際には,最悪の場合,調達が不可能になるリスクがある。冒頭で挙げた「良い製品を安価で,適切な時期にいつでも供給できる」という事業の大命題に立ち返ると,こうしたリスクを未然に防ぐ対処策を講じることは調達部門の責務である。そのリスクが知財に依るものならば知財部門と協働することも1つの手段である。調達活動はほぼすべての企業において必須の活動であるが,こうした活動を実践している企業は限られるだろう。
 まず,知財を権利としてのみ見るのではなく,自社の活動に照らし合わせ多面的・多角的に認識することが知財経営の根本にある。そして,そのような認識を企業内で共有することが企業全体における知財活動の活性化につながると同時に,知財部門の活動を拡張することも可能にする。結局,知財部門の活動を限定する要因とは知財を見る視野の狭さである。
 「知財人材」の育成や社内における知財教育においてもこれは当てはまる。大企業を中心に,知財部門に対する専門的教育,あるいは知財権に関する教育はすでに普及している。しかし,営業,マーケティング,IT(情報技術)といった各部門を含む,全社規模の包括的な知財教育や人材育成が十分に普及しているとは言い難い。特に知財部門以外においては,大企業でも,研究開発部門の要員を対象に発明提案書の書き方や出願後のプロセスを教えたり,少々応用的な知識として取得後の権利の配分や解釈の仕方を教えたりしている,という程度の場合が多い。しかし,知財経営の姿勢を企業内に浸透させ同時に実践していくためには,知財に対する視野の拡張とそれに裏付けされた柔軟な知財マインドを持った人材の育成と,そのための教育体制を構築するマネジメントが必要である。

東京工業大大学院イノベーションマネジメント研究科助教授 田中義敏氏 ()()(



田中義敏氏 プロフィール
東京工業大学理工学研究科原子核工学専攻修士課程修了,工学修士。
特許庁,科学技術庁,UCLA,日本テトラパック株式会社(知的財産権部長,人事・総務・法務統括部長など)を経て,2002年より東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。2005年4月より同大学イノベーションマネジメント研究科技術経営専攻助教授。主な著作に,How to approach to upgrade the Value of Intellectual Property Rights! : 特技墾[217]30-37(2001),ベトナム知的財産事情<国家一丸となって進める体制整備と急速な進展, 知財マネジメント研究(2003),中国におけるコピー製品対策の事例紹介と市場獲得への提言, 知財マネジメント研究(2003),ビジネス強化・成長のための知的財産の活用,54巻,4号,日本知的財産協会(2004)など。


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