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連載企画(2)知財経営とCIPO 第2回(その二)
CIPO(知財最高責任者)が持つべき視点と能力
凸版印刷相談役,東京理科大教授の石田正泰氏に聞く
[2006/07/21]


凸版印刷相談役,東京理科大教授の石田正泰氏 凸版印刷で専務取締役,知的財産専門会社代表取締役社長を務め日本経済団体連合会知的財産部会長などを歴任してきた石田正泰氏は,知的財産経営を実践してきた日本におけるCIPO(chief intellectual property officer:知的財産最高責任者)の草分け的存在の1人である。現在は東京理科大学知的財産専門職大学院にて研究科長としてアカデミックな立場から日本企業における知的財産戦略と知的財産経営を先導する同氏に(関連記事),現状の課題とCIPOを始めとする「戦略的知財人材」が持つべき能力と素養について聞いた。
(聞き手は河井貴之=日経BP知財Awareness編集)


日本の企業における知的財産戦略,あるいは知的財産経営の現状をどう見るか。


 産業のグローバルな構造的変容の影響もあり,企業において知的財産は今後ますます重要な経営資源に浮上するだろう。経営トップ以下,企業は全社を挙げて知的財産を経営戦略にしっかりと練り込んでいくことが不可避である。
 日本において「知的財産戦略」という言葉を見たり聞いたりする機会が近年に急増した。その本質は「知財業務のための戦略」ではなく「企業経営のための戦略」であるべきだ。なぜならば,知財あるいは知財権に関する課題の多くは高度な専門性を含みつつ,権利評価・エンフォースメント(権利行使)・交渉といった事業段階において横断的・総合的な政策性を要するからである。実際に,総合的な経営戦略上の課題とこれらの知的財産戦略の課題が重複する場合が多く,知的財産活動は経営トップの判断や決定を強く反映して実行されなくてはならない。しかし,こうしたトップダウンの経営体制を実際に構築できている企業は,現状では少数である。同じことが「知的財産経営」を巡る状況にも当てはまる。
 知的財産戦略や知的財産経営の重要性が指摘されて久しいが,その実現あるいは具体化に関しては,曖昧な定義や不透明な部分が数多い。企業はこうした状況を脱し,知的財産戦略や知的財産経営の概念自体を深耕しつつ,本質的な意味で実践すべき段階にある。このことは,日本の知的財産立国政策においても大切なテーマだ(関連記事)。
具体的にはどのような方法を用いて実現していくべきであると考えるか。


 例えば,研究開発活動と知的財産の関係を検討する場合に,「研究開発と知的財産は密接に関連していて大切にすべきだ」といった一般論ないしは平板的な理解に留まることなく,「研究開発活動において知的財産権を取得しなかった場合に生じるリスクとその対処策」,あるいは「知的財産権を取得した場合に,どのような効果をどの程度まで得られるのか」といった具体的な課題や問題意識を設定し,プラスとマイナスの両面から具体的に検証していく視座が必要になる。研究開発の成果はすべてが広義の知的財産に帰結すると言っても過言ではない。しかし,具体的な製品化や事業化を進める過程ではこれらを取捨選択した上で状況に応じて権利化しなくてはいけない。さらに,権利化によって確保できる競争優位性についても詳細に検証しなくてはならない。技術や製品を知的財産権で保護することを通じて他者への参入障壁を構築できるが,現実には知的財産権は完全無欠ではないため,獲得できる優位性とはあくまで「比較優位」である。
 加えて言えば,研究開発の活動形態などによっても知的財産の意義や位置付け変化する。近年はいかなる企業であっても単独で研究開発や事業化を一貫して実施し完結することは困難になっている。企業同士の連携や産学の連携を通じた共同研究開発やライセンス活動が不可避な「アライアンスの時代」になってきた(関連記事)。アライアンスにおいて知的財産が重要な要素であることは言うまでもない(関連記事)。
経営の視点から知的財産に関して新たに注目すべき課題は何か。


 知的財産を固定的に捉えるのではなく,局面に応じた相対的な観点から知的財産に新たな意味や価値を付加していく作業が不可欠である。
 広い意味において知的財産を認識した場合,それはすなわち「情報資産」である。この視点に基づけば,「知的財産は基本的にすべてが営業秘密(ノウハウ)である」と認識できる。そして,それら営業秘密の中から公開しても支障がなく,かつ費用対効果が見込める「情報資産」を経営戦略に従って選択し特許権を取得する,といった考え方も成り立つ。これは特許権の取得を至上目的とする従来型の特許戦略とは大きく異なる考え方だ。
 このように,既存の「知財カテゴリ」を基にした戦略を越えて新たな枠組みや有機的な視点を通じて知的財産を認識していくことが大きな意味を持つ。最近の企業を巡る動向としては,2006年5月1日から施行された改正会社法に基づく企業のガバナンス(内部統制)強化の動きが注目に値するだろう。この流れでは知的財産に関する企業内部の統制,いわば「知財ガバナンス」を目的とする戦略の構築に各企業は取り組むべきである。その際には知的財産の取り扱いに関する基本方針の策定として,(1)営業秘密などに関する取り扱いルールの設定,(2)職務発明規程の整備と運用,(3)「知的財産報告書」,「知的資産・経営報告書」を通じた情報開示方針の策定,などが具体的な課題として浮上する。
こうした知的財産経営を担う人材をどのようにイメージするか。また,どのような能力,スキルを重視するべきか。


 最近は,知的財産人材は1つの型に当てはめて定義できなくなっている。また,その育成の方法や目標に関する議論の中でも,「知的財産権の制度や手続きを知っていること」,「特許明細書,クレームが読めること」といった定性的要素ではなく,多様なタイプの人材像を念頭に置き,それぞれが各組織の実務場面で果たすべき役割や必要なスキルなど細分化した具体的要素が検討されている(関連記事)。
 本質的な知的財産戦略に関わる人材は,所期の経営戦略に沿って知的財産を適切にマネジメントしていくために戦略的・大局的な見識を持たなくてはならない。ここでは,知的財産の創造,権利化,活用といった各局面の実務に長けた専門人材ではなく,それらの局面を複合的・並列的にマネジメントする力を持つ人材が必要になる。具体的には,次の2つの素養,あるいは能力がポイントになる。
 第1は,横断的な知識・情報・経験の習得である。すなわち,従来にありがちだった知的財産権に特化した専門性から,技術・経営・法律・国際性を考慮できる幅広い複眼的な能力が要求される。
 第2は,コミュニケーション能力とマネジメント能力を柱とする組織能力である。まず知的財産を経営戦略の課題として認識し,次に企業内の各部門における知財課題を経営戦略に中に位置付け,そして経営成果へと結び付けていく,といった一連の過程では,コミュニケーションやマネジメントの能力が極めて重要になる。
戦略的な知的財産人材に関し,経営に近い地位に置くべきCIPO(知財最高責任者)に大きな注目が集まっている。CIPOに適する人材はどのような能力を備えるべきか。


 特にCIPOは知識・情報・経験の複合化よりも,思考・判断の複合化と大局観が不可欠である。逆説的には,大局観を持たないCIPOは経営トップから見ても各部門の要員から見ても,非常に危険な存在である。先に述べたように,知的財産の価値とは相対的である。つまり,知的財産に関する判断や意志決定は相対的に行わなくてはならならず,その基盤はマネジメントにおける「大局観」,「意味付け」,「論理的思考」などである。
 誤解を恐れずにあえて言えば,CIPOは,従来型の知財実務専門家がそのまま就任するのではなく,可能ならば,知財実務能力を核にしつつも他の業務分野を経験したり,あるいは異なる業務分野の人材が知財実務能力を上乗せしたりした上でCIPOに就くことが望ましいだろう。いずれにおいても,全社的な経営判断の中で知財を的確に位置付けられるように俯瞰(ふかん)し,実践する力がCIPOに必須の条件である。



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