CIPOフォーラム ホームへ 特集 企業戦略 イベント 提言


連載企画(2)知財経営とCIPO 第2回(その一)
研究開発トレンドに合致したアライアンス戦略の重要性
キヤノン専務取締役・知的財産法務本部長 田中信義氏インタビュー(3)
[2006/07/13]


キヤノン専務取締役・知的財産法務本部長の田中信義氏 先進工業国において「知識経済」への移行が急速に進む現在,企業は「知的財産経営」の実践が不可欠になっている。しかし,現実には多くの企業が「知的財産権だけ/のみのマネジメント」にとどまっており,これらの企業では既存の価値観,商慣行,組織構造などが阻害要因になっている。こうした状況を打破するためには,経営トップが自ら技術・研究開発部門や知財部門に踏み込んで統合的に主導していく体制が必要になっており,「知的財産推進計画2006」には,「CIPO(知財最高責任者)や知財担当役員,あるいは知財経営を担当する企画的な部署を社内に設置することが望ましい」と明示された。日本におけるCIPOの代表的存在であるキヤノン専務取締役・知的財産法務本部長の田中信義氏に,「革新,そして健全なる拡大を(“Innovation & Sound Growth ”)」をスローガンに掲げ新たな発展段階に入った同社の技術開発,事業,知財,経営の考え方から,知的財産経営やCIPOのあるべき姿を探る。
(聞き手は河井貴之=日経BP知財Awareness編集)


経営の視点から,産学連携や共同研究を企業側はどのように位置付けているのか。


 キヤノンでは大学との共同研究などを伝統的に進めてきた。例えば地元(東京都大田区)の東京工業大学とは,フィルム用カメラ事業から現在に至るまで密接に連携してきた実績を持つ。産学連携を重視する姿勢は今も昔も変わらない。産業界を一般的に見ても産学連携の現状とは,「全く新しいことを始める」のではなく,「これまでの連携をより強化し,より積極的・効率的に進めよう」という段階である。
 ここに来て企業が改めて産学連携を重視する背景には,主に研究・開発におけるパラダイム・シフト(時代規範の転換)がある。いわゆる「自前主義」からオープン・イノベーションやオープン・コラボレーションへの転換である。
 従来,日本の企業は自社単独で研究開発から製品化のすべてを行っている場合が多かった。しかし近年は,技術の高度化やイノベーションの速さとそれに応じた製品化のスピードアップの必要性に直面し,自社の技術や特許などを他社や大学の技術や特許などと融合させて画期的な新製品の開発や新しいマーケットの開拓を目指す,戦略的なアライアンスが重要な経営課題として浮上している。そしてパートナーは日本国内に限らず,グローバルに存在する。
 これに対し,大学側は近年,「科学技術立国」や「知財立国」政策などによって大学が持つ「知」の活用を促されている。アカデミックな知の探求と共に,生み出した「知」を民間企業などに技術移転し,社会へ還元することが大学の責務として改めて注目され,日本の将来を担う科学技術を創造したり莫大な研究開発費用に対する説明責任を果たしたりすることが必要になってきた。そのための具体的手段として産学連携が能動的に検討され始めた。

図表1:産学連携における国と企業の役割イメージ
図表1:産学連携における国と企業の役割イメージ
出所:キヤノン知的財産法務本部による提供資料より抜粋。
産学連携において知的財産はどのような役割を担っているのか。


 産学連携を進める上で知的財産は重要なツールである。技術力や領域を具象化する指標であり,共同研究などにおいてはお互いの権利範囲を定義できる。また大学の研究者に企業活動や事業の本質を理解してもらう過程でも知財は基本になる。
 従来,研究者は論文発表を重視し,「権利化して保護する」という意識は希薄だった。もちろん,そうではない研究者も中には存在するが,大学に限らず研究者は「知的財産権を考えるより実験の方が面白い」という性質を持つ傾向が強い。まずこうした部分の意識改革が必要であり,その意味で知財への注目が高まることは望ましい。
 ただし,前回(連載第2回)指摘した企業内における状況と同様に,知的財産を過度に取り上げることは問題である。実際に,研究者から「知的財産権の取得や産学連携を半ば義務付けられてしまい,純粋な研究がしづらくなった」との声を聞く場合が多々ある。特に長期的な発展の可能性を秘めたシーズ型の基礎研究の場合にこうした弊害が生じやすい。産学連携や知財が悪い意味で注目されるようになってはいけない。
企業と大学における権利帰属問題や大学特許の「不実施補償」などはそうした弊害の延長線上に生じたのか。


 確かに以前よりも「連携がしづらくなった」という声は企業側にも大学側にもあると思う。皮肉なことに,従来うまく連携できていた場合ほど,そうした傾向が強い。
 「研究者個人と企業の連携」中心から「大学と企業の組織連携」中心へと変化し,知的財産本部やTLO(技術移転機関)といった第三者的な存在が加わり,「知的財産権の取り扱いはこうしなくてはいけない」,「ライセンス料を支払わなくてはいけない」,「不実施補償を設定しなくてはいけない」といった取り決めごとや手間は増えてきた。しかし,その研究や特許権を本当に理解してハンドリングできる人材がいる知的財産本部やTLOの場合は,従来と同じようにスムーズな連携が実現している。
 問題は,そうした実務に長けた応用的なハンドリングができる人材が不足していることである。研究者に産学連携の経験がないような状況ではさらに深刻な課題になっており,文部科学省が策定した基本ルールをそのまま流用したような硬直的な産学連携に陥っている。
 知的財産に関しては,大学の本質的な役割とは何かをめぐる議論なども含め,今後も色々な問題が出て来るだろう。しかし,私はこれを憂慮すべき状況だとは考えていない。むしろ10年や20年といった長いスパンの議論と試行錯誤を経て,初めて「本物」の産学連携になると期待している。長い時間を要してはまずいかもしれないが,一朝一夕で解決できるテーマでもないことは確かだ。

【田中信義氏インタビュー】|  ||  | |  ||  |


| このフォーラムについて | INDEX | 日経BP知財Awareness | 産業イノベーション | テクノアソシエーツについて |