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連載企画(2)知財経営とCIPO 第2回(その一)
企業における研究開発と知的財産活動のあり方
キヤノン専務取締役・知的財産法務本部長 田中信義氏インタビュー(2)
[2006/07/11]


キヤノン専務取締役・知的財産法務本部長の田中信義氏 先進工業国において「知識経済」への移行が急速に進む現在,企業は「知的財産経営」の実践が不可欠になっている。しかし,現実には多くの企業が「知的財産権だけ/のみのマネジメント」にとどまっており,これらの企業では既存の価値観,商慣行,組織構造などが阻害要因になっている。こうした状況を打破するためには,経営トップが自ら技術・研究開発部門や知財部門に踏み込んで統合的に主導していく体制が必要になっており,「知的財産推進計画2006」には,「CIPO(知財最高責任者)や知財担当役員,あるいは知財経営を担当する企画的な部署を社内に設置することが望ましい」と明示された。日本におけるCIPOの代表的存在であるキヤノン専務取締役・知的財産法務本部長の田中信義氏に,「革新,そして健全なる拡大を(“Innovation & Sound Growth ”)」をスローガンに掲げ新たな発展段階に入った同社の技術開発,事業,知財,経営の考え方から,知的財産経営やCIPOのあるべき姿を探る。
(聞き手は河井貴之=日経BP知財Awareness編集)


企業の知的財産経営において,特に研究開発活動と知財活動の連携不足や分離,摩擦がしばしば指摘される。こうした問題についてどう考えるか。


 本来,研究開発現場と分離した知的財産活動は存在しえない。少なくともキヤノンにおいて発明とは,研究者と知財部門の担当者が議論を交わし,新しい技術や知財を共同で生み出す行為を意味している。そうした姿勢は,さらに新しい発明を生むことや質の高い提案を作成することを可能にする。具体的には,研究開発・知財部門が協働してグループ検討を重ねるPGA(patent grade-up activity)段階を設けている。
 研究者がアイデアやひらめきを思いついたり見つけたりし,それに知財部員が色々な視点から可能性を追求し,先行技術調査の結果,製品化を見据えた権利化方針等のアドバイスや提案を加え,そして初めて発明として完成する。それゆえに,キヤノンでは伝統的に,知財部門のメンバーが発明者に名を連ねている特許権が少なくない。私の前任である丸島(編注1)もNP方式(編注2)の原理特許の中に発明者として名前を連ねていたし,インクジェットの原理発明に関する特許では,現・副本部長の大野(編注3)も発明者の1人だ。
編注1: 現キヤノン顧問,丸島儀一氏。
編注2: 600以上も特許を保有するゼロックス方式に対し,その特許に抵触しない電子写真方式の複写機を開発するためにキヤノンが発明した。この発明によって,当時,「ゼロックスの特許に触れずに開発するのは不可能だ」と言われていた複写機の開発を可能にした。1968年にNP方式による普通紙複写機の製品化を決定し,1970年9月に「NP-1100」を発売した。
編注3: キヤノン知的財産法務本部副本部長の大野 茂氏。
「組織として研究開発部門と知財部門の両者を結び付けることが難しい」との意見がある。実際には,どのようなマネジメントが必要なのか。


 先に指摘したように研究開発と分離した知的財産活動は,本来は成立しない。同じように,研究開発部門と知財部門が乖離しているような組織構造は,明らかにマネジメントの失敗である。両者は確かに異なる種類の業務と役割を担っているが,目標は同一でなくてはならない。
 「両者を結び付けるマネジメント」といっても,特段難しいことではない。両者をすぐ近くに置くだけで,状況は大きく変わるのではないだろうか。
 キヤノンの場合,私の入社当時(1960年代後半)から,研究者と知財部員はすぐ隣で仕事をし,常に相互に行き来があった。個人のレベルで考えても,やはり隣の人間がどんな仕事をしているか興味が湧くし,その仕事が自分の仕事に関係あればお互い黙っているわけにいかず,ごく自然に意見を交わしたり,協働したりする機会が生じる。特に事業化に近い段階では,異なる視点からアイデアを出し合ったり,指摘し合ったりして,開発を進めることが大切だ。こうした交流自体は自発的・創造的に行われるべきだが,そのための環境や土壌を整備し醸成することは経営の問題である。現在のキヤノンでは知的財産本部を独立した組織として設けているが,権利化のための部隊・要員は各事業分野の研究開発現場の近くに配置している。

図表1:キヤノンの組織図
図表1:キヤノンの組織図
出所:キヤノン知的財産法務本部による提供資料より抜粋。
近年は研究開発部門において研究者も知的財産を重視するべきだとする風潮が強まっている。この点についてはどう見るか。


 特に斬新な取り組みだとは考えない。というのも,キヤノンでは研究者に対し,「レポートよりも特許,発明提案書を書くこと」,「文献よりも特許公報を読むこと」を伝統的に奨励してきたからだ。ただ,研究者には「知財実務のすべてを知ること」を求めてはいない。同じ事は知財部門に対しても当てはまる。担当分野の技術に関連する知識の理解を求めるが,非常に専門的な領域までを理解する必要はない。それぞれが果たすべき役割があり,それに応じて相互が協力すれば済むことだ。
 最近,「知的財産の解る研究者」,あるいは「技術の解る知財担当者」の必要性が指摘される機会が増えている。その趣旨は正しくとも,その過程で目標を見誤って「何でも屋」の育成に陥っている場合が見受けられる。これは憂慮すべき状況であり,避けなければならない。
 知的財産を過度に重視したり,本来の目的である事業化や企業活動とかい離した要素として認識したりする態度は,逆にイノベーションの妨げになる恐れがある。例えば,ここ数年で社会的に大きな注目を集めた職務発明問題は,そうした弊害の最たる出来事だったと思う。
 発明に対する「偶発的な偉大な行為」といった固定的なイメージ,あるいはエジソンのような歴史上の発明者像に基づいて,企業における職務発明の実状や事業活動における知財の価値のあり方などを客観的に検証することなく,「企業は発明者を大事にしていない」といった誤認識が広がった。企業における職務発明,あるいは技術の進歩は,蓄積された失敗例などを含む企業の経営資源を使い,数多くの社員の関与によって実現してきたものだ(関連記事)。こうしたイノベーションの創造サイクルを無視して,一部分の功績や価値だけを強調したりそれを過剰な経済的価値に換算したりすることは無益である。

図表2:企業における発明の位置付け
図表2:企業における発明の位置付け
出所:キヤノン知的財産法務本部による提供資料より抜粋。

【田中信義氏インタビュー】|  ||  | |  ||  |


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