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米国訴訟における情報開示で「Eディスカバリ」対策が急務に
モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所が指摘
[2006/07/03]

 米国における民事訴訟では,正式な事実審理(trial)の前に訴訟の当事者が法廷外で相互に事件に関する情報を提出するディスカバリ(開示)を設けている。同制度によって,訴訟に関連すると認められた情報は原則全て提出が義務付けられ,これに違反した場合は重く罰せられる。近年,企業におけるIT(情報技術)化が進み,業務中の電子文書の取り扱いが急激に増えた結果,こうした情報の開示が「Eディスカバリー」として大きな注目を集めている。このEディスカバリーの諸問題と実務上の対策について,米国の訴訟対応で多数の実績を有するモリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所の弁護士,一色太郎氏,James E. Hough氏,Peter J. Stern氏が同事務所の主催セミナー(2006年5月25日,東京)におけるポイントを指摘した。

電子文書管理の重要性と文書管理規則の策定・実施ポイント
一色氏
一色太郎氏
 ディスカバリを念頭に置いた企業における文書管理の利点について,一色氏は,訴訟で開示対象となり得る文書を確実に保全することによって訴訟リスクを極小化でき,ディスカバリのプロセスを効果的に管理できることを挙げ,結果的に「訴訟費用の削減にもつながる」(一色氏)ことを指摘した。
 ディスカバリは,「証拠能力のある証拠の開示につながることが合理的に推測できる」情報をすべて訴訟の相手側へ提出することを義務付けており,手書きのメモなどまで開示の対象に含まれる。正当な理由がないまま提出しなかったり,文書の保全が不十分だったりした場合は,懲罰的な損害賠償が科される恐れがあるため,「社内や弁護士との間で連絡を怠ったため,2500本以上のテープのディスカバリに遅延が生じ,その結果,補償的な損害賠償に加え懲罰的な賠償を負荷され,最終的に14億5000万米ドルの支払いを命じる陪審評決が下った裁判例(Coleman Holdings Inc. v. Morgan Stanley Co., Inc. 2005 WL 674885 ( Fla. Cir. Ct. 2005) )がある」(一色氏)。
 特にE ディスカバリでは,電子メール(ハード・コピーを含む)や電子形式で保存された文書などがすべて対象となる。その対処策について一色氏は,電子文書を含むすべての社内文書の保管と破棄に関する明確なルールを構築し,文書管理規則として整備することを挙げた。また,「すでにこうした社内規則を整備している企業においても,現行の規則と文書管理の実態を把握し,両者の整合性を比較・評価して改訂するべき」(一色氏)とする。
 文書管理の重要性は,訴訟やディスカバリへの対応だけでなく,昨今の情報セキュリティ確保の面からも高まっている。米国では,サーベンス・オクスレー法(SOX法)を通じ,「連邦政府による調査などを阻害する目的で文書や他の証拠を破棄したり隠匿したりした場合に,罰金もしくは20年以下の禁固刑,またはその両方を科すこと」が規定されている。
 ただし,無制限に電子文書を保管することは困難であり,保管コストの肥大につながる。そのため,情報のライフ・サイクルに基づいた定期的な破棄・削除は法的にも容認されており,「ビジネス・ニーズ,経営,IT,法律といった諸条件を勘案し,各情報や記録が持つ戦略的・運営上の価値を見極め取捨選択することが肝要」(同氏)である。
 一色氏は,「文書管理の責任を明確化することと同時に,経営トップによる支援が大切である。米国における訴訟事例では,企業の文書管理規則の合理性について,裁判所が判断する際に,経営トップによる支援水準に注目する場合がある。文書管理規則はそれ自体を明文化し,定期的なコンプライアンス・レビューを通じて法制,実務,組織体制といった状況変化に即した改訂を施していくことが望ましい」と結論を述べ,文書管理体制を経営トップの判断で整備する必要性と意義を強調した。

「訴訟ホールド」では発動タイミングが訴訟戦略上の重要なカギに
James E. Hough氏
James E. Hough氏
 Hough氏は,米国において,“実際の,または合理的に予測できる”訴訟,調査,監査に関連する文書の保全を義務付けた「訴訟ホールド(litigation hold)」の概要を解説し,その実務ポイントを講演した。
 米国では,各企業は自社の文書管理規則中において,「訴訟が発生した場合は日常業務における文書破棄を中止すること」などを義務付けておかなくてはならず,こうした訴訟ホールドは「“当事者が合理的に訴訟を予測できる時点”で発動し,同時に通常の文書管理規則とそれに伴う文書などの廃棄を即座に停止しなくてはならない」(Hough氏)。具体的には,文書保存規則(の通常運用)の停止のほか,潜在的に関連性のある証拠・データの破棄の中止,訴訟や政府調査時に厳罰を科されないようにするための保護,などを要する。
 訴訟ホールドの対応ポイントとして,Hough氏は「保全義務の発生時期の判断」を第1に挙げた。これは,法制上「合理的に予測可能な時点に判断する」とされ,固定的な開始時点・時期が定まっていないためであり,通常は「その文書が訴訟に関連する証拠になると気付く時点」,つまり訴訟の提起を起点と考える。しかし,「将来に起こりうる訴訟においてその証拠が関連する可能性に気付くべき,と認められる時期であれば,訴訟が起こる以前でも訴訟ホールドを発動しなくてはならない」(同氏)。このような場合は,(ア)訴訟の召喚状,従業員の申し立て,相手方訴訟代理人からの証拠保全要請書などを受領した時点,(イ)訴訟準備のために外部弁護士を雇用した時点,(ウ)過去の訴訟や申し立て,事故の発生などに基づく一般的な認識(knowledge)を得た時点,が訴訟ホールドを発動すべき段階に相当する。また,米国弁護士協会(ABA)の民事ディスカバリ基準は,「ある案件のために雇用された弁護士が,訴訟の可能性があるか,またはすでに訴訟が始まったと分かった場合,顧客に対し,関連する可能性がある文書の保全義務と義務違反によって生じうる結果について知らせるべき」と規定している。訴訟ホールドの発動後,その訴訟のために作成した文書は「ワーク・プロダクト」として秘匿・保護できる。これに関してHough氏は,訴訟ホールドの発動日時が企業の訴訟戦略上の重要な要素になることを指摘し,「早期に発動すると業務への支障が広がるが訴訟関連の制裁リスクを回避でき,ワーク・プロダクトの保護の可能性は増大する。遅く発動すると業務への支障は少ないが,証拠破棄の制裁リスクが高まり,ワーク・プロダクトの保護の可能性は減少する。こうしたメリットとリスクを十分に検討すべきだ」と述べた。
 第2のポイントとしては,訴訟ホールドの対象になる文書,情報,組織の明確化と周知化の必要性を挙げた。保全義務が生じた時点で,電子的な媒体(メディア)やフォーマットに保存された情報(ワープロ文書,保存媒体,スプレッド・シート,データベース,電子メール,音声など)を含むすべての社内情報について通常の管理規則の適用を即座に停止しなくてはならない。しかし,その目的は「社内で取り扱う紙,電子メール,電子文書,バックアップ・データを漏らさず完全に保全すること」ではなく,あくまで訴訟に関連する情報や文書の確保であり,「対象とする情報や文書を速やかに特定し,範囲を幹部従業員だけでなく社内全体に通知すること」が重要であり,同時に「その過程自体の記録が望ましい」(同氏)。 
 訴訟ホールドへの体制構築では,「日常的な文書管理規則の実施と遵守への注意喚起や訴訟ホールドの重要性の周知化が不可欠」(同氏)であり,また事業に関連する情報の網羅的な理解が必要になる。特にEディスカバリについては,「社内の情報システムについてバックアップやアーカイブ化の手順と実務の整合性,またハード・コピーの管理などについて,各部署の“キー・プレーヤー”,IT部門との連携すべき」とHough氏はアドバイスした。
 最後に同氏は,訴訟発生後の注意点として「電子情報の整理作業は多くの困難を伴い,予想以上に時間と手間を費やさなくてはならない場合が多い。あるいは,自社の情報システムの理解不足から,裁判所や訴訟相手側の質問に対して虚偽の説明をしてしまったり適切な文書保全ができていなかったりする場合は,追加的に厳罰を受けるおそれがある」ことに注意を喚起し,裁判所の保全命令が出た後に2年間に亘って通常の電子メール破棄規則を継続した企業が275万米ドルの罰金と特定の証人の召喚禁止を課された裁判例(U.S. v. Phillip Morris USA Inc. (D.D.C. 2004) )を紹介した。

Eディスカバリに関連した連邦民事訴訟規則の改正が相次ぐ
Peter J. Stern氏
Peter J. Stern氏
 Stern氏は,米国訴訟におけるEディスカバリの重要性の高まりについて,近年の法制度整備の観点から講演した。同氏は,企業において電子文書を取り扱う機会が急増しており,その結果ディスカバリをはじめとする米国訴訟実務において電子文書の取り扱いがカギになってきたことを指摘した。「電子メールなどは紙の文書と比較して会話と同じような非公式で率直なコメントが含まれる場合が多いため,訴訟において重要な証拠となる場面が増えている」(同氏)といった現状を報告した。
 こうした実務環境の変化に対応して米国では連邦民事訴訟規則が大幅に改正される。Stern氏はEディスカバリに関連する企業の姿勢として,(1)早期対応,(2)不当な負担・費用を要する場合での対応,(3)秘匿特権(privilege)への対応,など事業段階に応じた対抗策が必要であるとした。
 (1)については,連邦民事訴訟規則(16,26(a),26(f),フォーム35)において「訴訟の当事者は早期にEディスカバリに関して話し合い,裁判所への最初の訴訟日程提案書で触れる義務」があり,「当事者の保有,保護,管理下にあって,当該提出当事者が自らの請求・防御を裏付けるために使用する全文書,電子的に保存された情報(electronically stored information; ESI),編集データ(data compilations),その他有体物のコピー,またはこれら文書の種類・場所別の記述を,初期段階における開示の一環として提供しなくてはならない」ことになっている。
 (2)については,「一定の要件に基づく場合,当事者には,不当な負担または費用のため合理的にアクセスできないと自ら考えるソースにある電子的に保存された情報のディスカバリを提供する必要はない」とする新たな制限が加えられた(連邦民事訴訟規則26条(b)(2)(B))。一定の要件として当事者は,合理的にアクセスできない電子情報を明確に特定したり,データへ合理的にアクセスできないことを立証したりしなくてはならない。
 (3)については,情報を提出・開示した側が後に不注意に気付いた場合は秘匿特権の根拠を説明し,それが正当な場合,受け取り側は情報の使用や更なる開示をしてはならないこととされる(連邦民事訴訟規則26条(b)(5)(B))。またその情報を返却,隔離,破棄するか,裁判所に対応の判断を求めることになる。
 以上を踏まえてStern氏はEディスカバリ対策の一連の流れについて,「訴訟の初期段階からEディスカバリを念頭に置いた検討を開始し,社内の電子文書の取り扱い・運用を担当弁護士に理解してもらうことが第1歩になる。次に,情報を提出・開示するための費用や負担を具体的に把握するために弁護士との共同作業を進め,同時に秘匿特権が発生する可能性が高い電子文書の特定や負担を軽減するための対策を講じなくてはならない」とまとめた。
(河井貴之=日経BP知財Awareness編集)


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